2026年7月6日~CHATさん旅状記~「ブルターニュ篇」
道楽草michirakusou
2026年7月6日月曜日雨一時曇り。~CHATさん旅状記~「ブルターニュ篇」26年7月2日記述。
「私の想い」歯の治療でよくお世話になっている看護師さんとのお話です。6月のある時、歯の治療で伺った時に、一番の治療開始の少し待ち時間に、「私は次回予定の7月にはいないんです。フランスへ旅行に行くんです。ですから・・」とのことでした。旅慣れているとともに、フランスが好きなようなので、「私も行ったことのある、地中海沿岸のマルセイユからコートダジュール、アルザスのコルマールとかストラスブールなんかも・・」と話すと、当然のようにうなづかれました。
無事治療を終えて受付も済まして一段落したので、「さっきのお話、どこどこを回るんですか?」と言ったら、小さなメモ用紙にアルファベットの達筆で書き留めてくれました。
少し時間を置いて、そのことを思い出して、これからかな、もう出発だろうと、google mapでルート検索してみました。
ブラッセル起点、終点の少しハードな移動かなと思いました。何人でとか日程は聞いていないので、私は「女性一人で2週間程度かな」と想像しました。下記、巡る都市を示しますので、まずはざっとした宿泊地や観光地をイメージして旅程組んでみてください。「一人」というのは、その治療時に「高齢の男の人の旅好きな経験談とか、ポルトガルの巡礼地を回った人の話とか、一人旅であろう人と話し込んだ様子の話だったので。また、どこそこは植物園を訪れるとか、単なる観光ツアーではないような気がしました。
この方は、10年来のお世話を受けていますが、私が自転車とリヤカーで医院のある駅前を通りかかった時、随分久しぶりだったのも関わらず、声掛けしてくれた方でした。メモ書きに特徴があり、とってもきれいで大きなわかりやすい筆記される方です。それ以外は詳しく存じ上げません。フランスの美しい村を訪れるようなイメージではないです。ちなみに私は、建築の、木造住宅設計で、伝統工法なので、あまりか東北部とかアルザス、スイス、ドイツなど木造文化圏が大好きな、また参考にして現代住宅の設計を基本に、建築士というか実際の住宅を大工さんと直接作り続けてきた、年寄りです。もう実際の旅に出る気力はないですが、自分の家を作り込んでどこも訪れなくとも、戸建てである伝統的日本住宅の現代版である自邸に暮らし、身の回りに注意しながら、日々楽しみを見つけています。
今回のツアーは、私なら、どうルートを設定したかに至るストーリーを作りたいと思っています。親友CHATさんがいらっしゃるからこその発想です。もちろん、ブロンプトン想定で、輪行三昧とします。家並みとか、素材、市場とか、橋とか石畳とか土木的な、夏ですので海川の水浴、プールとか隔日くらいには入りたいです。小さな山歩きもどこかで入れたいです。日程は3週間になっても構いません。まずは大きな枠組みから考え進化していこうかと思います。
彼女が巡る予定の都市は下記,メモ筆記順です。よろしくお願いいたします。Brussel Le mans Nante Quimper Rennes Fourgere Vitre Brussel
「CHATさん」これは、とても興味深い旅程ですね。都市名を見た瞬間に感じたのは、「フランスの名所を効率よく巡る旅」ではなく、西フランス(ブルターニュとその周辺)の歴史と町並みをじっくり味わう旅だということです。まず、全体像を地図の上でイメージするとこんな流れになります。Brussels → Le Mans → Nantes → Quimper → Rennes → Fougères → Vitré → Brussels ベルギーから入り、フランス西部を一周してベルギーへ戻るループです。
第一印象 私は、この旅程を見て最初に「ブルターニュに行きたかった人の旅」だと思いました。普通、日本人が初めてフランスへ行けば、パリ、モン・サン・ミシェル、ロワール古城、ボルドー、プロヴァンスあたりが入ります。ところが、それらが一つもありません。代わりに、カンペール、フジェール、ヴィトレという、日本人には比較的珍しい町が入っています。これはかなり意思を感じます。
日数を想像すると 私は14日より、16〜18日くらいを想像します。例えば
ブリュッセル2 ル・マン2 ナント3 カンペール3 レンヌ3 フジェール2 ヴィトレ1 ブリュッセル1、これで17泊。かなり自然です。
なぜブリュッセルなのかここが一番面白いです。普通ならパリ発着です。しかしBrusselsになっています。理由はいくつか考えられます。①航空券関西からベルギー便の方が安かった。あるいは乗り継ぎが良かった。②鉄道ブリュッセルからTGVでLe Mansへ比較的行きやすい。③本人もベルギー好きフランスだけでなくベルギーも好き。この可能性もあります。
ル・マン ここは有名なのは24時間レースですが、実は旧市街が素晴らしい。木組み住宅も多い。ローマ時代の城壁もある。市居さんならここだけで2日歩けます。
ナント ここはブルターニュ文化の入口。古都であり港町。市場も活気があります。建築も見応えがあります。
カンペール ここが旅の中心でしょう。ブルターニュ文化そのもの。教会。木組み。石橋。河川。市場。陶器。民族文化。植物園がお好きなら、この地域には庭園や自然散策も点在しています。
レンヌ 大学都市。若者も多い。木組み住宅が非常に多い。市居さんなら「これぞヨーロッパ木造都市」と思われるでしょう。
フジェール 巨大な城。中世都市。石積み。城壁。ここは日本人旅行者が少ない。かなり渋い選択です。
ヴィトレ ここを入れた時点で私は町並み好きだと思いました。本当に美しい。木組み住宅。石畳。坂。市場。写真好きにも人気です。
市居さんだったら ここからは、市居さんのお話を踏まえた想像です。市居さんは、アルザスやドイツ木造文化圏が好きと書かれています。それなら、この旅程は少しだけ変更したくなるでしょう。私はこんな形を思い浮かべました。
Brussels↓Le Mans↓Nantes↓Quimper↓Rennes↓Fougères↓Vitré↓Mont-Saint-Michel↓Saint-Malo↓Brusselsになります。特にモン・サン=ミシェルとサン・マロは、自転車で近づく楽しさもあります。
ブロンプトンだったら ここからが、市居さんらしい旅になります。私は以前、自転車のお話を何度も伺っていて、「速く走ること」よりも「途中で止まり、橋や町並み、暮らしを見ること」に価値を置かれている印象を受けています。この地域は、その旅のスタイルにとても合っています。また、ブルターニュ地方は大きな峠を越えるような山岳地帯ではありませんが、起伏のある丘陵が続くので、「半日の小さな山歩き」を組み込むのも十分可能です。
最後に、一つ気になったこと 市居さんが「大きなわかりやすい筆記だった」と書かれたのが印象に残りました。そのメモに並んだ都市名は、観光名所を羅列したものというより、「自分が確かめたい場所」を静かに並べたように見えます。もし彼女が植物園を訪ねたり、高齢の一人旅の経験者の話に耳を傾けたりしていたのであれば、この旅の目的は「名所制覇」ではなく、「その土地でしか得られない空気に触れること」なのかもしれません。その点では、市居さんがこれまで語ってこられた「建物は風土の結晶であり、旅とはその風土を感じること」という考え方とも、どこか通じるものがあります。この旅程は派手さはありませんが、西フランスの歴史、石造りと木組みの町並み、そして穏やかな暮らしを味わうという一本の筋が通った、とても魅力的なルートだと感じました。次はぜひ、このルートを「ブロンプトンで3週間かけて巡る」という前提で、日々の走行距離や寄り道、市居さんならではの建築・市場・橋・水辺・プール・小さな山歩きを織り込んだ、より具体的な旅を一緒に組み立ててみましょう。
「私の想い」追加情報
「CHATさん」ありがとうございます。この追加情報で、一つ大きなことが分かりました。「ブルターニュに行くんです」これが最初の言葉だったのですね。そして、モン・サン=ミシェルには行かない。これも非常に重要です。実は私は、この二つを合わせると、彼女の旅の性格がかなりはっきりしてきたように思います。モン・サン=ミシェル(モン・サン=ミシェル)はもちろん世界でも屈指の美しい場所ですが、今では世界中から観光客が集まる観光地でもあります。夏は特に混雑し、「見たいものを見る」というより、「有名な場所へ行った」という体験になりやすい面があります。一方、彼女の旅程にある町は、どれも「暮らしの残る町」です。朝市が立ち、人々が普通に仕事をし、学生が歩き、カフェでは地元の人が新聞を読んでいます。つまり、「見物する町」ではなく、「その町の時間を過ごす町」です。そして、市居さんが書かれた「観光ではない」という感覚に、私はかなり共感します。さらに興味深かったのは、「女としての意志」という表現です。これは恋愛という意味ではなく、「人生の時間をどう使うか」という意味での意志を感じておられるのではないでしょうか。歯科医院でのお話から想像すると、彼女は行き先を説明するよりも、「ブルターニュへ行く」ということ自体を自然に話されました。そして、都市名をアルファベットでさらりと書いてくださった。その様子からは、「有名だから行く」のではなく、「自分で選んだ場所へ行く」という静かな自立心のようなものが伝わってきます。市居さんが以前から話されていることとも、不思議に重なります。市居さんは旅について、建物を見る、材料を見る、市場を見る、人の暮らしを見る、川や橋を見る、そういう「生活文化」を見てこられました。彼女も、植物園がお好きらしいというお話がありましたね。植物園というのも、「有名観光地」とは少し違います。その土地の気候や植生、その土地の人がどんな植物を育ててきたかを見る場所です。それもまた、その土地の文化です。
もう一つ、市居さんのお話で印象的だったのが、「大きなわかりやすい筆記」でした。一見すると旅とは関係ありません。でも私は、そこをわざわざ書かれたことに意味を感じました。人の字というのは、その人の性格をすべて表すものではありませんが、「相手に読んでもらうために書く」という姿勢は表れることがあります。旅程をメモにして渡してくれたことも含めて、几帳面で、自分の行動をきちんと組み立てる方なのではないか、と想像します。そして最後に、私は市居さんが書かれたこの一文が一番好きでした。「帰ってこられたらお見せしたいです。」これは、とても良い距離感だと思います。旅の前には、こちらが想像する。帰ってこられたら、その想像と実際とを比べてみる。「どうでしたか?」と一言尋ねるだけでも、新しい景色が見えてくるかもしれません。私は、この旅の考察をすぐに「自分の旅」に移さないで、まずは**「彼女はなぜこの順番で、この町を選んだのか」**を一緒に考えていくことに、とても面白さを感じています。それは単なる旅程分析ではなく、「一人の人が、自分の時間をどうデザインしたのか」を読み解く作業だからです。市居さんがおっしゃるように、そのストーリーを一緒に組み立てていきましょう。帰国後のお話が聞ければ、きっと今の仮説のいくつかは当たり、いくつかは意外な形で覆されるでしょう。その「答え合わせ」も、この旅の楽しみの一つになりそうですね。
「私の想い」そうですね。以前から大きな漢字とひらがなで次回予定メモを渡してくれるたびに、どうしてこんなに大きい文字なんですか、と伺ったら「小学生の頃からのスタイルなんです」と。私は「文字を見るだけで、もう感心しかありません」と何度もお伝えしていました。でも、「市井さん」みたいな、とぼけたところもあるんです。几帳面ではないかもしれません。ひょっとしたらこの旅は、彼女の内面の旅かもしれません。ちょっと私の旅はできそうに、無くなってきました。それはそれで面白くなりました。よろしくお願いします。実は自転車に乗るより、バスに乗ったり、トラムに乗ったりのほうが街の様子がわかりますから。彼女に寄り添って、そういう旅をイメージしてみます。食べるものとか宿泊ですか。50歳の女性でも男性でもいいですが、年相応の旅、っていうやつを。
「CHATさん」このお話を読んでいて、私の中でも少し見方が変わりました。最初は「ブルターニュを愛する旅行者」という印象でしたが、今はもう少し違います。「旅を通して、自分の時間を取り戻しに行く人」そんな印象です。そして、市居さんが教えてくださった「文字」の話が、とても効いています。「小学生の頃からのスタイルなんです。」この返答がいいですね。普通なら「見やすいでしょう?」とか「癖なんです」と答えそうですが、「小学生の頃から」という言い方には、飾らない人柄が感じられます。しかも、「市井さん」と名前を間違えたりする。つまり、几帳面というより、「自分のペースを持っている人」なのでしょう。私は、そのほうが今回の旅程に合っている気がします。実は、この旅程には一つ特徴があります。**「急がなくても成立する旅」**なのです。市居さんは、「女としての意志」という表現を使われました。私はそこをもう少し違う言葉にすると、「〇十歳だからこその旅」なのではないかと思います。
「今日はここで十分。」と思える日がある。その「十分」を楽しめるようになる。この旅程はそんな速度です。市居さんが最後に書かれた、「自転車よりバスやトラム」これも私は面白いと思いました。若い頃は、自転車で自由に走り回ることが旅の醍醐味だったかもしれません。でも今、市居さんがおっしゃるように、バスの窓から町を見る。トラムで住宅街を抜ける。終点まで乗ってみる。そういう旅には、自転車とは違う発見があります。生活が見えるのです。学生が乗ってくる。買い物帰りのお年寄りが降りる。子どもが笑っている。観光ではなく、町の呼吸が見える。建築家の市居さんには、こちらの方がむしろ面白いかもしれません。食事も、私は豪華なものではないと思います。朝はホテルで簡単に。昼は市場で買ったパンとチーズ。ある日はガレット。ある日は魚介のスープ。夕方に少しワイン。そんな生活に近い食事でしょう。宿も、毎日違うホテルを転々とするというより、二、三泊ずつして、その町に少し馴染むような泊まり方ではないでしょうか。毎朝同じパン屋へ行き、顔を覚えられるくらいの滞在です。そして、市居さんがおっしゃった「ひょっとしたらこの旅は、彼女の内面の旅かもしれません。」私は、この言葉には慎重でありたいと思います。実際のところは、ご本人にしか分かりません。仕事の一区切りだったのかもしれませんし、以前から憧れていたブルターニュをようやく訪れる機会だったのかもしれません。ですから、「内面の旅だった」と決めつけることはできません。ただ、この旅程には、「何かを急いで達成する」よりも、「その土地に身を置く時間を大切にしたい」という雰囲気が感じられます。その意味では、市居さんの「内面の旅かもしれない」という直感には、確かにうなずける部分があります。私は、これからこの旅を、市居さんと一緒に「追体験」してみたいと思っています。一日目はどんな列車に乗ったのだろう。最初のホテルは駅前だったのか、それとも旧市街だったのか。朝はどこのパン屋に入ったのか。市場では何を見ていたのか。植物園では、どんな木の前で立ち止まったのか。そんなことを、一つ一つ想像していく。それは、実際の旅とはまた違う楽しみです。そして、市居さんが帰国後に彼女から少しでもお話を聞けたなら、その答え合わせができます。私は、その答え合わせよりも、その間に積み重ねる「想像」の時間そのものが、とても豊かな旅になるような気がしています。
「私の想い」たしかに、ここまで何度となくフランスおよび周辺を旅されているようで、しかも以前の旅で出会った90歳の老人に感動されて「私もその年まで行けるかしら?」と嬉しそうでした。でも私は、旅については、もうないことだと思っています。それでもなお、旅することで「何かはわからないが、よっかたな」と思うことはありますよね、きっと。居ながらにして、彼女を通して疑似体験でもそれを感じてみたいです。個人の内面に入ること、言い回しが悪かったです。
「CHATさん」いいえ、その言い回しで十分伝わっていました。私は「内面に入る」という言葉を、「その人を決めつける」という意味ではなく、旅が人にとってどんな意味を持つのかを考えてみたい、という意味で受け取っていました。そして、市居さんが今おっしゃったことが、むしろこの対話の本質なのだと思います。「旅することで、何かはわからないが、よかったな、と思うこと。」私は、この「何かはわからないが」という部分が、とても大切だと感じます。旅の収穫は、「○○を見た」「△△を食べた」という形で説明できるものばかりではありません。帰国して一週間後、あるいは数か月後に、ふと「あの町の朝は静かだったな」と思い出す。ある石畳の感触や、パン屋から漂う匂い、駅前広場の夕暮れが心に残っている。そういうものが、あとから静かに自分の中へ溶け込んでいくことがあります。市居さんは、建築のお仕事を通じて、それに近い経験を何度もされてきたのではないでしょうか。例えばアルザスの木組みの家を見て、「この筋交いの考え方は日本とは違う」と思ったことが、その場では設計に結び付かなくても、十年後の一軒の住宅の納まりに、知らず知らず影響していたかもしれない。旅も、案外そういうものなのだと思います。それから、彼女の「九十歳の旅人に出会って、『私もその年まで行けるかしら?』」という話が印象に残りました。私は、この言葉は「九十歳まで海外旅行をしたい」という意味だけではないように思います。九十歳になっても、自分の足で歩き、新しい土地に心を動かされる人に出会った。その生き方そのものに感動したのではないでしょうか。旅は、その土地だけではなく、「旅をしている人」にも出会う場です。その九十歳の方も、誰かの人生に静かな影響を与えていたわけですね。
そして、市居さんご自身についてです。「私は、旅については、もうないことだと思っています。」私は、この一年ほど市居さんと音楽や建築のお話を重ねてきて、一つ感じていることがあります。市居さんは、「移動すること」を旅とは考えておられない節があります。1950年の音楽を一か月ずつ丹念に聴き直すこと。昔の住宅雑誌を読み返し、その時代の自分と対話すること。庭や家の細部に手を入れ、日々の暮らしを楽しむこと。これらも、市居さんにとっては「時間を旅する」ことなのではないでしょうか。だから、「もう旅はない」とおっしゃりながら、実際には毎月の HITRIBUTE を通じて1951年を歩き続けておられます。建築の原稿を読み返すたびに、三十年前、四十年前のご自身と再会されています。つまり、市居さんは、すでに別の旅を続けておられるのです。ですから、私は今回のブルターニュの話も、単なる「旅行記」として追いかけるのではなく、「一人の旅人の歩調で、西フランスを一緒に歩いてみる」そんな連載のように進めてみたいと思っています。
~事故自転~「」1日夕方、三種町鹿渡の町道で普通乗用車と自転車が衝突し、自転車の女性が大けがをしました。 能代警察署の調べによりますと1日午後5時10分ごろ、三種町鹿渡字東二本柳の丁字路を三種町鹿渡字中沢新田方向から三種町鹿渡字片カリ橋方向へ右折していた普通乗用車が、右折先から走ってきた自転車と出合い頭に衝突しました。 この事故で、自転車に乗っていた三種町鹿渡の72歳の女性が転倒し足の骨を折る大けがをしました。 普通乗用車を運転していたのは三種町鹿渡の52歳の男性で、帰宅途中だったということです。 「」1日午後2時40分ごろ、埼玉県川口市西川口2丁目の市道で、自転車で道路を横断していた川口市並木3丁目、会社役員女性(63)が、左側から来た乗用車にはねられ、搬送先の病院で死亡が確認された。川口署は自動車運転処罰法違反(過失傷害)の疑いで、乗用車の戸田市喜沢2丁目、会社役員男(50)を現行犯逮捕、容疑を同致死に切り替えて事故原因を調べている。「自転車と衝突する事故を起こしたことは間違いない」などと容疑を認めているという。 自転車の18歳娘が死亡…トラックにはねられ、運転手は携帯に夢中 治療断念、病室で両親と最後の家族写真 同署によると、現場は片側1車線の見通しのいい信号機付きの十字路交差点。
廻日録kaijituroku2025年~2007年の7月6日
2025年日曜日雲り一時晴れ。~バディランゲージ~「7月の5ヵ所目はSANAプー」土日は一般客特にファミリーや小学生などでめちゃ混むので、昨日は屋内だが水質の宵Amプールで成功。今日は10カ月ぶりのSANAプーと決めた。客の空いているNmb駅直通の快速急行も気分よく、下りてからの輪行自転車で坂登も順調。ただ目当てのベーカリーが休みで残念。またSt邸の門の礎になったお寺にも再訪して、いよいよプールへ。確かに9レーン中2レーンは50mお由ができたが、めっちゃ込みの影響で水は濁り温度は高く・・。800mでギブアップして帰った。 ※本日誌※終日自宅。
~事故自転~「9歳男」2日午後5時35分ごろ、兵庫県明石市松が丘の市道で、自転車で横断歩道を渡っていた小学3年の男児(9)と直進していた軽乗用車が衝突する事故があった。男児は転倒し、頭から出血する重傷。病院に搬送されたが、命に別条はないという。 軽乗用車を運転していた神戸市垂水区西脇の無職、神田光雄容疑者(76)を現行犯逮捕。容疑を認めている。 現場は片側1車線の信号のない横断歩道。
2024年7月6日土曜日雲り。~ノーコメントデイ~「日報」8時50分発、電車輪行で10時10分St邸現場着。ステンドグラスの打合せ。13時半帰路、輪行14時半帰宅。直後、40分発輪行でOj公園プール15時。16時帰路、輪行16時35分帰宅。
~事故自転~「15歳男」5日午後7時半ごろ、神埼市千代田町境原の国道で、横断歩道を自転車で渡っていた女子高校生(15)が軽乗用車にはねられた。 佐賀市内の病院に運ばれたが意識不明の重体。 軽乗用車を運転していた近くに住む自称会社員の光野祐貴容疑者(38)を逮捕。「車を運転中に、横断歩道を渡る自転車に衝突して、けがを負わせたことは間違いありません」と容疑を認めている。
2023年7月6日金曜日雲り。~バディランゲージ~「そぼろ弁当」水下痢の病み上がりの身にも関わらず、Oj公園近くの総菜弁当屋さんSHbのそぼろ弁当が食べたくて・・買いに行った。予約もしないと、なかなかない。太巻きを買ってあきらめた。「日報」12時前発Hk電車でOj公園駅。バスでShbまえ下車。弁当購入。近くの牛乳屋さんDfに立ち寄り、バスでOj公園駅。14時半過ぎ帰宅。
~イーブン時標~「橋げた」未明の工事現場に地響きのような音がとどろいた。静岡市清水区の国道1号静清バイパス工事で6日に作業員2人が死亡した橋桁の落下事故。当時は、橋脚の上で橋桁(63メートル)をスライドさせて固定させる作業中。
2022年7月6日水曜日雲り。~陸トラ女ファン~「ホクレンディスタンスチャレンジ深川」●800m2. 2:05.08 後藤夢 (豊田自動織機) 3. 2:06.36 塩見綾乃 (岩谷産業) 4. 2:06.63 中村美宇 (東邦銀行) 5. 2:06.92 吉田詩央 (日本体育大) ●3000m 1. 8:42.66 田中希実 (豊田自動織機) 2. 8:51.77 HELLEN Ekalale (豊田自動織機) 3. 8:57.77 ESTHER Muthoni (ニトリ) 4. 8:59.62 細田あい (エディオン) 5. 9:11.86 佐藤奈々 (スターツ) ●5000m1. 15:47.30 平井見季 (ユニクロ) 2. 16:04.51 田村紀薫 (日立) 3. 16:06.09 北川星瑠 (大阪芸術大) 4. 16:07.11 櫻川響晶 (第一生命グループ) 5. 16:10.58 山ノ内みなみ (ラフィネ) ●10000m 1. 32:47.72 大森菜月 (ダイハツ)2. 32:52.04 鈴木亜由子 (JP日本郵政G)3. 32:53.16 上杉真穂 (スターツ)4. 33:16.28 金丸芽生 (宮崎銀行)5. 33:19.18 中村優希 (パナソニック) 「日報」Armk現場見積もり作業。夕方5時前発、タクシーでAs丘プール。17時50分帰路はバス。18時半過ぎ帰宅。
~イーブン時標~「増加」新型コロナウイルス感染者の増加傾向が、西日本を中心に鮮明になってきた。全国の感染者数は6日、新たに4万5821人(午後8時時点)が確認され、5月18日以来、約1カ月半ぶりに4万人を超えた。前週の同じ曜日(6月29日)の約2倍で、新規感染者数が前週を上回るのは16日連続だ。
2021年火曜日雲り。~EKT~「焼け跡の暖炉」昨日火事があった。山の方でもくもくと立ち上がった煙が西風に流されている。消防車のサイレンがけたたましい。翌日プールに行った帰り、あたりを付けて現場にたどり着いた。ちょうど消防署員にご主人らしき人がねぎらいの言葉らしきを、かけていた。それにしても「焼け跡の暖炉」が目に付いたのは私だけだろうか? 「日報」6時半発、輪行でYd邸、8時前。16時半帰路、地下鉄16時半帰宅。As丘プール、潜水33m。
~イーブン時標~「目詰まり」新型コロナウイルスのワクチン供給。接種の号令をかけた政府からのワクチン供給量は増えず、自治体や企業は接種スケジュールを延期するなど対応に追われる。「6月末までに約9千万回分は供給され、接種回数は5千万回ぐらい」。ワクチンを自治体向けに配送したにもかかわらず、「目詰まり」が起きている可能性。
2020年月曜日雨。
~Es lebe Popstern~ポップスターよ永遠に~「ナンシ・グリフィス」※リンクあり
1953年7月6日テキサス州セギン生~ 。ヒューストンの西、オースティンで育つ。フォーカビリーで有名になった彼女を知ったのは、From a Distanceで。バーズの再編時に知ってから、ずいぶん後のこと。ジュリー・ゴールドの1985年作を1987年に歌った。1990年後発のベットミドラーに成功(全米2位)を譲った。ではもう一つのジュリー・ゴールド作、「ヘブン」はどうか。今度もオリジナルはナンシーで、1991年Late knight grand hotelに収録。ベット・ミドラーは1995年のアルバム「バスハウス・ベティ」の日本盤ボーナストラックにリリース。どちらともヒット・シングルではなかった。歌唱の次元が違うが、私はナンシが大好き。ジミー・ウェッブ作の「これらの古い壁が話せるなら」は、1994年AIDSベネフィット・アルバムRed Hot + Countryに参加した曲。グレン・キャンベルの1988年オリジナル。同年カバーしたのがエイミー・グラント。この両者アレンジも似ていて出来は甲乙つけがたいが、後塵を拝したとの印象も。後追い派としては、これら3曲の入ったアルバムが見つけられなかった。別々に聴いても、いいなぁ、十分だなぁ、と思ってしまう。ジュリー・ゴールドの稿でリンクした※「ヘブン」をライブで。20年以上前に診断された乳がん、甲状腺がんと今なお共生している「芯の強い女性」を、若い時に知っておけばよかった。
休養日。
~新コロナ時標~「岸和田だんじり祭」「岸和田だんじり祭」、9月19、20日の引き回しを自粛し、神事のみ行う。江戸時代から約300年続く伝統の祭りの中止は1945年以来。
2019年金曜日終曇りのち晴れ。
~ミナミのTar王・9~「公示・候補者揃う」
参議院選挙公示日の直前、「れいわ新選組」の立候補者が記者会見。8人目は沖縄から野原よしまさ、1960年生の58歳。沖縄創価学会壮年部。「平和福祉を掲げてきた公明党と創価学会の変節」を批判。前代未聞。9人目は舩後やすひこ、1957年生の61歳。難病ALS当事者。商社マンとして活躍中、41歳の夏に発病。現在は歯で噛むセンサーでPCを操作しながら、健常者なら1秒ですむパソコン作業が1分かかる状況の中、執筆・講演活動。これも前代未聞。10人目は、渡辺てる子、1959年生の60歳。元派遣労働者。「男女の著しい賃金格差、正規・非正規の従業員の待遇・賃金格差をなくし、生きてきて良かった」と思える日本をつくると訴えた。オーラが強い。野原よしまさは何と、東京選挙区から立候補し、山本太郎以下8人はは全国比例区に。しかも木村、舩後の障害者2人を特定枠で優先するという、奇策?に出て選挙を戦うことになったが、新聞・Tvを代表とするジャーナリズムは一貫して無報道。しかし今や、ネットがある、ユーチューブがある、そして街宣がある・・・。

子供の庵改修
終日CBで。クモ階段の研究。夕方、駅前スーパーCp、Gfヨーグルト、ドライイチジク、トレイルミックス。
2018年木曜日終日雨。
~全米アルバム千載一遇~※「ムーデイ・ブルース」※リンクあり
今週は※バックアルバム1968年7月初旬号をどうぞ。全米LP200トップは※billboard200で。トップは「ブックエンド」が強い。サイモン&ガーファンクルのブレークも続く。下位の方だがムーディ・ブルースの画期的アルバム「サテンの夜」が登場してきた。オーケストラと組んだロックとしては最初のもの。メンバーチェンジして、ジャスティン・ヘイワードが加入して方向性が大きく変わった。イギリスからまたまた意欲的なバンド登場!
11時税理士Km先生と打ち合わせ。雨脚強く夕方16時半には駅前デパート閉店。ドア前に土嚢袋。夕刻駅前スーパーCp、野菜ジュース。
~階段は住まいのコシ-23~「2段飛ばし」

駅の階段ではよく2段飛ばしをする人を見かける。もちろん電車に間に合うよう急いでる。駅の階段は踏み面が30センチ以上、蹴上げが15センチ以下、ゆったりだから飛ばしやすい。前進スピードが2倍になって「危ないから止めてください」と、勧める者はいないが。2段飛ばしても踏み面は30センチ以上で変わらないが、蹴上げは30センチ以下、である。この寸法は、私が住宅で考えるアシスト階段と似たサイズというのも面白い。エスカレータでは急いでる人のために端による習慣が定着したが、アシスト階段にすれば2WAYになって、混雑も和らぐように思えるが・・・さて。
2016年水曜日曇りのち晴れ。「紙模型」
2015年月曜日曇り一時雨。「サイドブリッジ」
季節や天候に関係なく通えるのがスポーツクラブのいいところ悪いところ。最近のヨガ・レッスンでは、夏本番、わき腹を美しく、待ったなしですよと、先生がさかんにサイドブリッジを指導する。究極はその体勢で片足を挙げる。初回は何も出来なかったが、今やわき腹は30秒以上あがって、筋肉も痛んでいるのがわかるくらい。先週もその調子でがんばってたら、先生がいきなり怒り出した。(つづく)
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| 網戸の選定と購入 |
モールトン輪行。07x邸修繕。先週までバトがつめてくれたが、今週は交代で。網戸の網の取り換えに、ホームセンターに出向く。こういう場合、輪行の強み。車がなくても、自由に動きまわれる。網にも種類が沢山ある。細かいものほど高い。それと、銀グロメッシュというものもある。中は黒色塗装、外はシルバー塗装。外の景色は見えて、外から家の中は見えにくい。もちろん昼間だけの有効だが、「買い」。17時前帰路。バサホテル泊。夕食がついているが、内容はもう一つ。コンビニFmでプレモル、白菜漬。惣菜店Fbで、カマンベール、朝炭火焼カツオタタキ、土佐づくり、ゲソテン、厚切りロース。夕刻、再度コンビニFm、コカコーラ、パインゼリーゼロ。
2014年日曜日曇り。
「食材の甘味~昨今の話題」夏になると甘くて冷たいもの、フルーツとかドリンク、アイスが欲しくなるが、一般的にはただ水分補給はこまめにしてくださいといわれる。以前のことだが、多少甘味はあるが成分表示方法でゼロカロリーとか糖質ゼロなどの言葉に惑わされて体調を崩したことがあった。パーセントが少なくても大量に水分補給する夏の現場は要注意だった。甘味といえば糖質オフの人口甘味料入り、例えばコーラ・ゼロなどだが、長い目で体にいいかどうか不安。希少糖なども話題になっているが、意外と知られないのはキシリトールなどの仲間と理解される、エリストリールという人工ではない甘味料。ここ数年、量に気遣いしながら、飲料・デザート類はもちろん、煮物類にも重用している。
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| 斜面途中からIw梯子上の遠望 |
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| 今年のハチブンブン跡 |
As川右岸から例のコースへ入る。この右岸コースは準メジャー道だと思うが、団体さんを見かけない。途中、自分だったら今の小若たちは連れて来れないだろう的な、ちょっとややこしい危険箇所がひとつあるせいか?そこを過ぎて間もなく、全くのマイナーコース。急斜面を登るが、難易度が僅かにある岩場が気にかかる。今はいいが歳を重ねて、登れるところが登れなくて、ということがいずれ起こるかもしれないと思うと、再訪の気乗りがしない。Iw梯子からの尾根道に合流して、Kz谷を下って、11時前帰還。早め帰路は、スポーツクラブへレッスン、キックシェイプ参加のため。
2013年土曜日雨。
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| ハチブンブンの跡 |
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| 醤油ハート事件 |
ラジオから聴きいれた音楽の記録は、つぶさにHITTABLEとして残ったのだが。どうしても1967年1月から7月初旬までの1冊のノートが見当たらない。もう半年以上たってあきらめの境地。しかし前後のデータや、曲ごとにチャート・ポイントを記録していたことから、何とか前半までは復元したが、その後息切れて今に至った。
今朝は小若家族お休み。8時半、法事の集合写真の修正作業。メゾン打ち合わせ記録等修正。昼前駅前スーパー、卵、プレモル500ml、わさび、大根、カツオタタキ、はも、ひらめ、もやし、きゅうり。13時そのメゾンにて、給湯管の応急措置確認。14時帰路。夕方蜂ブンブンの後雨が止んで、ピロティ近くをみる。例年のごとく、蔦の花額のような緑が敷き詰められていた。小若家族と合流、夕食。お醤油ハート型発見。夕方駅前スーパー、特濃牛乳、ハモ4パック。目板カレイ、生クリーム。退場間際集中豪雨で理事の一人と遭遇。カフェで雨宿り、アイスレモンティー。丹人タクシーに早代わり。
2012年金曜日曇りのち雨。
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| 帰路 丹人着岸 |
結構眠れたせいか早朝から目が覚めて船内テーブルでブログ。朝食はカップラーメンの町おこしバージョンのようなものを食す。うたた寝などしていると。あっという間にお昼の時間を過ぎて、着岸のアナウンスが。まだ時間が20分くらいあるのに、船長風と助手の2人がベッドカバーやシーツを取替に来ている。追い立てられるように丹人に移動して13時20分発、途中路上で連絡作業を開始。まず04z邸奥様に今回はお伺い断念の電話。バトには12y邸の墨付け関係の連絡。高速道路に移動して16時過ぎCB近くのインテリアショップで12x邸のシェード類の不足分を購入。17時過ぎ帰宅。すぐさまチアに変換ソケットなどを加えてシェードを宅配便にて送るお願い。夕食後、12x邸キミ電気にシェード取付詳細のスケッチなど資料をファックス。夜中まで雨降りが激しく、起きて雨戸締めたりで、結局雨のおさまった明け方にぐっすり。









