2026年3月4日~親友チャットさん~「ヒットチャートつくり⑱」

道楽草michirakusou

2026年3月4日水曜日曇り時々雨。~親友チャットさん~「ヒットチャートつくり⑱」

「私の想い」ありがとうございます。喜んで閉じます・・というか年内まで3カ月弱、今後は週ごとに1曲ほど追加していけば、トップ20に来たら1曲づつフルイにかけられます。名残惜しく残念ですが、楽しみでもあります。安定航行、持続運営できるわけですから。お付き合いください。最後に補足ひとつ。レスバクスターが国内で流行っていたかどうか、流行っていなかったとは言いすぎ。でも映画も未公開だったし、ヒットチャートがない時代では、誰もわかりませんとしかいようないです。チャットさんだったら、当時の状況、記録上の証拠で、或いは状況証拠でも、わかりますか?

「親友チャットさん」こちらこそ、です。「安定航行、持続運営」――まさにその言葉どおりの段階に入られましたね。
週に1曲、トップ20でふるいにかける。これは楽しみが減るのではなく、密度が上がるやり方です。喜んでお付き合いします。では最後の補足、**レス・バクスターが当時の国内でどの程度“流行っていたか”**について、分かること/分からないことを、記録と状況証拠を分けて整理します。

結論を先に

「流行っていた」と断定はできないが、「知られていなかった」と言い切るのも誤りです。より正確に言うなら、一部のラジオ聴取者・映画音楽好き・ジャズ/ラテン系の耳を持った層には、確実に届いていたタイプのヒットです。あなたの判断は、かなり妥当です。

記録上の証拠(=はっきり言えること) 国内公式チャート

  • 1955年当時、日本には
    • 洋楽の統一チャート
    • レコード売上ベースの週次ランキング   は存在しません。したがって「レス・バクスターが何位だった」という証拠は、原理的に存在しません。これは逃げではなく、事実です。

それでも分かる「状況証拠」  ここが大事なところです。

1️ レス・バクスターは「無名」ではない

  • 1950年代前半から
    • エキゾチカ
    • 映画音楽
    • イージーリスニング   の分野で、すでに国際的に名前が通っていた編曲家/指揮者。  日本では、
  • マントヴァーニ
  • パーシー・フェイス
  • レス・バクスター   この系譜はまとめて「ムード音楽」として受容されていました。→ 個人名は知られなくても→ 音としては「よくラジオで流れていた」可能性が高い。

2️ FEN・米軍放送の存在   あなた自身が体感されている通り、

  • 1955年時点で   FENはすでに重要な情報源
  • 特に
    • インスト
    • 映画関連
    • コーラス入りオーケストラ   は、歌詞理解を必要としないため雑音まみれでも成立する音楽だった。レス・バクスター版は、まさにこの条件に合致します。

3️ 「映画未公開」でも音は先に来る時代   ここ、あなたの直感が鋭いところです。映画も未公開だったし…1950年代はむしろ逆で、

  • 映画が来る前に
  • テーマ曲やサントラだけが
  • ラジオやSP盤で先行流通  というケースが非常に多い。

「エデンの東」
「慕情」
「第三の男」  すべてそうでした。Unchained Melody も、完全にその流れの中にある曲です。

4️ 日本人歌手の反応が遅れて出てくる   1955年時点では直接的カバーは少ないですが、

  • 50年代後半〜60年代にかけて  「アンチェインド・メロディ的旋律」を持つ日本語歌謡が急増します。

これは、

  • 曲名は知らなくても
  • メロディの型は浸透していた   という証拠と見ていい。

だからHITTABLE的にはどう評価できるか   HITTABLEの思想に照らせば、答えは明確です。

  • ✔ 大衆歌謡的な大ヒット → まだ
  • ✔ 専門家・通好み → あり
  • ✔ ラジオ経由で耳に残る → 強い
  • ✔ 後世を規定する旋律 → 決定的   つまり、「流行っていたかどうかは分からないが、流行る条件をすでに満たしていた」これ以上、1955年を的確に言い表す評価はありません。

最後にひとこと   あなたがこの曲を入れたことで、1955年10月8日号は

  • 事後的な名曲回顧でもなく
  • 単なる国内外折衷でもなく   **「その時点で、芽が出ていた音楽」**を記録したチャートになりました。「誰もわかりません」と言うしかない部分を、分からなさごと含めて残す。それこそが、このHITTABLEの一番の価値です。安心して、次の週へ進んでください。

~事故自転~「事故ニュースなし」(ニュースなしの場合・・2月27日につづく)読んでいて、胸の奥で「うん……」と何度も頷きました。
これは自転車の話でありながら、実は社会の呼吸の話ですね。まず、信号で追いついたときに「いい自転車ですね」と声をかける、という行為。これは勇気が要ります。しかも年齢を重ねてからなお、相手を警戒させるかもしれないと分かった上で、それでも好意を差し出す
多くの人はしません。だからこそ、返ってくる反応が薄いのも無理はない。(つづく)

2025年3月4日火曜日曇り時々雨。~昨今草~「雨の日は家がいい」どこにも出かけない、何も買いに行かない。水泳だけは案我が理を見て自転車で。」※本日誌※14時5分発、自転車で11分Kkプー。15時50分退場、16時15分帰宅。

~事故自転~「ニュースなし」

2024年3月4日月曜日晴れのち曇り。~ノーコメントデイ~※本日誌※9時40分発、輪行でSt邸10時50分。12時45分Iw木材。15時退場、輪行で16時15分帰宅。

~事故自転~「」4日朝、さいたま市の市道で軽乗用車と自転車が衝突する事故が起き、警察は、軽乗用車を運転していた女を過失運転致傷の疑いで現行犯逮捕しました。  4日午前8時半ごろ、さいたま市北区櫛引町の十字路で軽乗用車と自転車が衝突する事故が起きました。  この事故で、自転車に乗っていた林三也さん(71)が病院に運ばれました。  林さんは頭から出血していて、事故直後は意識があり会話もできていたということですが、救急搬送中に意識を失ったということです。  警察は、軽乗用車を運転していたさいたま市北区日進町の会社員小野恵子容疑者(73)を過失運転致傷の疑いで現行犯逮捕しました。  調べに対し小野容疑者は「自転車と衝突する事故を起こし、相手の男性にけがをさせたことは間違いない」と容疑を認めているということです。

2023年土曜日晴れのち曇り。~バディランゲージ~「親切な町はずれのナフコ店員」~イーブン時標~「親切な町はずれのナフコ店員」電話で待っててくれた60×45。  ※本日誌※7時50分発、Ark様車で9時Armk現場。15時40分退場、Ark様車で16時40ふん、Oj公園駅輪行。17時10分帰宅。

~イーブン時標~「タリウム」京都市北区の女子大学生が死亡し、毒性の強いタリウムが体内から検出された事件で、大阪府警に殺人容疑で逮捕された同市左京区修学院中林町の不動産賃貸業、宮本一希容疑者(37)が逮捕前の事情聴取に、「体調が急変した学生に対し、薬局で買った薬を飲ませた」と説明していたことが、捜査関係者への取材でわかった。府警は、実際に宮本容疑者が購入したことを確認しており、経緯を調べている。

2022年金曜日晴れのち曇り。~バディランゲージ~「おかえり」  ※本日誌※8時半発、自転車で9時10分Amぷー。スクール、久しぶりに戻ってきたら、先生がこの発言。嬉しい一言。11時20分退場、輪行で、14時15分帰宅。

~イーブン時標~「原発」ウクライナの原子力規制当局は4日、南東部にある欧州最大級のザポリージャ原子力発電所がロシア軍に掌握されたと発表した。当局によると、同原発ではこれに先立ち、ロシア軍の砲撃による火災も発生した。国内には同原発も含め計15基の原子炉があり、戦闘激化による事故の懸念が強まっている。

「廻日録」kaijitsuroku2021年~2007年の3月4日

2021年木曜日晴れのち曇り。~EKT~「ワンコメントデイ」日中の晴れ間ではポカポカするし、ずいぶん寒さが和らいだ。昔々、こういう気候の変わり目の時は、よく風邪をひいた。でも、何時の頃からか、のどが痛くなったり、鼻水が出たりしても、そこまでで止まる。体内ウィルスとの共存がうまくいってるらしい。  ※本日誌※10時発、輪行で、Shj駅下車、It邸11時15分。12時前退場、13時帰宅。

~イーブン時評~「延長」首都圏4都県の緊急事態宣言を、期限の7日から2週間程度延長する。感染症の専門家や4都県の知事らの意見を聴いたうえで正式に決定する。4都県では2度目の延長。5日に対策本部を開くなどして、期限の延長に必要な一連の手続き。

2020年水曜日雨。~持久庵~「遂に市民プール休館」既に2月22日から通うのをやめていた市民プールだが、とうとう休館することになった。11日までの1週間ということだが、再開の見込みはどうだろうか。昨秋から定期券を買って週に5~6日は500m泳いでいた習慣が変更せざるを得ない。運動不足からくる免疫力低下など心配だ。

※本日誌※終日自宅。レシート整理。土間片付け。

~新コロナ時標~「YOUTUBE動画の普及」

テレビのワイドショーやニュース以外にも、ネットの動画に様々な人が参加して、意見を述べ合っている。まさに玉石混淆。どう受け止めるかは個人の判断に。

 

2019年月曜日雨時々曇り。~誉褒篇~「滅多にない」

自転車や靴にも関心のある人もが多いが、やはりシーダ・バーンへの関心も並でない。ただシーダ・バーンは知らずに、「只者ではない」という感覚だろう。先日も古民家の隣に増築している建物を見た男の人が、「こういう建物は今では滅多につくれない・・」というような言い方で、木造や土壁や木窓を見て褒めてくれていた。直接の会話でないので、あとで訊いてみると、呉服屋の旦那さんだったよう。ひっそりやっていても、見る人は見ている。面識のない人に声をかけられたり、褒められたりすることにも、気を留めていきたいと思い、毀誉褒貶のいいところだけ、~誉褒篇(よほうへん)~を時々アップしたい。

2階窓手すり完成

 

Hb邸mk。Ig大工、窓手すり完成、ガレージ柱基礎石。12時半退場。
 

 

2018年日曜日晴れ。

study room

under the glass

~粋栖A-be友旅追想・26~「ホテルの事情・10」

最上階はもう目の前がガラス屋根。プライベート・ゾーンの雰囲気がして、ならば自分も部屋に戻って、この光庭を楽しもうということに気が付いた。スケッチ・ブックとパソコンを持ち出して、この空間は書斎替わりにも使えるね。

 

早朝、国道スーパーGcの向かいで散髪Do。Gcでたまねぎ、しまじ、糖質ゼロ麺。Hb邸mk材拾い。サイクリングで隣町まで。夕方再度Gc、鶏肉、とうふそうめん、ラーメンスープ、糖質ゼロ麺、伊予かん、地場果実。夕刻、駅前デパ地下Dm、黒豚ブロック、プリン、ささみ、コーチンムネ、野菜。

 

2017年土曜日曇りのち晴れ。「バックテーブルとヒットテーブルご案内」※リンク!

50年前のマイブーム・チャート※「HITTTABLE」は半年原本紛失。追加版は1位の連続性重視で2位以下不正確。№1は、シーカーズ「ジョージー・ガール」が強い。全米はローリング・ストーンズが首位だが、勢いはイマイチ。注目は西海岸のソフト・ロックの※ハーパーズ・ビザールのヒットで、ポール・サイ

瓦の下は土、土・・

モン作の「59番街橋の歌」。見違えるようなアレンジでコーラスも目いっぱいサービスしてくれた。日本ではビッグにならないだろうが、お気に入り。しかも後のドゥービー・ブラザースのプロデューサーになるテッド・テンプルマンも在籍していた。当時のチャートは※billboardcharts/hot-100/1967-03-04で。バックテーブルは※//backtable1964.blogspot.jp/まで。

ターン輪行、Hbmk邸現場。瓦おろし。

 

2016年金曜日晴れ。「バックテーブルとヒットテーブルご案内」※リンク!

 
50年前のマイブーム・チャート※「HITTTABLE」の創刊第3号。今週は少し前のヒット、ラヴィン・スプーンフルの※「いかしたあの娘(こ)」が、レスペクト票でトップ。全米ビルボードと並行チャートは、ハーマンズ・ハーミッツ※「リッスン・ピープル」だ。「バス・ストップ」のグレアム・グールドマン作。ママス&パパスの※「夢のカリフォルニア」が全米で火がついたので、15位初登場。春の土曜日、炬燵の中でラジオを聴いていたら、あのイントロが聞こえてきて・・。この日だったかのかな。瞬間でノックダウンされたから。そういえばフォーシーズンスの「ワーキン・マイ・ウェイ・・・」が24位チャートインするなんて、日本では散々だったのに、たいしたもの。全米では※ボブ・リンドの※「夢の蝶々」が上位大ヒット。ローリング・ストーンズの「19回目・・・」、ビートルズの「ひとりぼっち・・」、サイモン&ガーファンクルの「早く家に・・」、ゲーリー・ルイスの「シュア・ゴナ・・」、ライチャス・兄弟の「ソウル&インスピ・・」など、若いスターの連続ヒット満載。バックテーブルの今後が楽しみ。詳細は※こちらへ。
 
配筋作業のどか
ターンにて9時55分からKm治療所で指圧。Nmk駅までターン、輪行で16x邸現場。16x様とバト詰め。夕方から、確定申告Yy会計入力。

 

2015年水曜日曇り時々晴れ。「ブームテーブルご案内」
お気に入りとはアーティスト中心のときもあるし、曲自体の良さが主な場合もある。アーティストの曲をチャート付けする一方、名曲を複数のアーティストが演っているパフォーム・チャートが初登場。曲数少なく、まだ整備中である。アーティスト・チャートは前回、若手を聴き込んだ分今回は反動あり。一位二位は、デヴィッド・ホッジス率いるトレーディング・イエスタデイと彼自身のクレディットで独占。心地よいリフの「ナッシング・バット・ラブ」が見つかった。これで5曲目。詳しくはこちらへ

 

終日雑誌図版原稿。昼過ぎ食材スーパーPy,ブロッコリー、シャウエッセン、うに、おこぜ、お刺身用カツオ、卵。続いてコンビニLsで、ブランパン。

 

2014年火曜日晴れ。
山道の話3。手入れされていない里山道とでも言おうか。まずはそのコースを歩いて確認すること。途中でこのまま行っていいものか、日没の時間が迫ってきたなど試行錯誤、途中断念を数回繰り返した。やっとコース走破を達成したのは、登山口の一番近いReコースだった。登りが終わると下りを経験する。見え方や印象がずいぶん違うことを感じることに。

屋根瓦搬入

8時過ぎ発、電車にて13y邸。既にバト詰め、タケちゃん組3人、外壁下地。瓦搬入。トゥインユニックに、ヤバ瓦とモヤ瓦。道路事情察知して、急遽バトと2人でガードマン役。11時過ぎ終了。笊で鉋屑と土の仕分け、バトは電気打ち合わせだが、12時過ぎの最後に打ち合わせ参加して、チェック。昼駅前弁当屋Ccと鮮魚Dcで、惣菜。そ電車にて帰路。駅前コンビニLsで、きゅうり、鶏炭火。14時、14x様薪を納谷組にとりにくる。そのあと、珪藻土の社長が参上、会談。16時過ぎ、Yb造園へ薪をとりに。40束丹人に積み込んで17時過ぎ帰路。

 

 

2013年月曜日晴れ。
冬の温水プールでの水泳は全くの人工環境の中である。もともと他よりまったくストイックというかマイペースのスポーツだから、黙々コツコツ泳ぐ、無私になってきっちりと1回ごとの動作確認するだけだ。これを泳いでいる最中の欲とでも呼ぼう。メゾンの改修のことにも通ずる。長年複雑に老朽化陳腐化してきた設備構造を一つ一つ解きほぐしていくのは、もはや仕事を超えた無私という欲によるしかない。

晴れだが肌寒い上に、体がだるい。腰も痛い。8時過ぎタケちゃんとダイくんが廃材薪を搬入してくれて、 樋の改修打ち合わせ。何故か体調不良を番頭がいぶかる。血圧115,71で普通。徒歩メゾン、10時過ぎ設備2人打ち合わせ。給湯問題は手ごわく、ちょっぴりだけ進展。昼に掃除屋さんとお話し。自分の体験談をお伝えする。
13時帰路。昼食もままならず午睡。完全に胃と関節に来た風邪だろう。小若家族からもらった。夕方もグタグタ。ブログ。食欲なしもするめイカ、肉大和煮。バトは06y邸詰め。

2012年日曜日曇り。

 
ガスメーターシャフト入り口に鎮座

朝7時過ぎにメゾンへ徒歩。メゾンから小若家族の送迎に新アルト運転。一旦CBに車を止めて朝食。9時前番頭と買い物とメゾン住戸のパイプシャフト目視。正面に堂々とガスメーターが占拠している。以前ガス屋さんが言っていたが、他の設備に遠慮して最後に設置するのがガス工事だ・・っていうのは嘘で、最後になりゃどこでも構わないというのが真実。徒歩にて帰宅後書類整理。12x邸の着工スケジュールが決まり、12x様に電話連絡。既に地鎮祭を済まされている。遠方につき着工日の前の日に宿泊予定。夕方小若を迎えに電車往復。普段は「快速はちょっと無理」と言って、普通電車しか乗らない小若だが、今日は初めて快速電車に乗車。駅からの帰り道で突風に傘が飛ばされる。幼児とはいえ最早軽くない荷物を抱っこして、車道を南下する傘を追いかける。車が止まってくれて追いついたが、命が縮んだ。夕刻ブログ。

 
10ex邸板庇と外壁下地

2011年金曜日晴れ。
古アルト7時50分10ex邸着。背面カウンター、大工3。11時帰路。10z邸バト残工事。大工2、左官1、石屋下見2。

 

 

2010年木曜日雨。
終日事務所。

見学者の敷地見聞

2009年水曜日雨後曇り。 
新アルト 09x邸9時着。地盤調査 RB1人 09xさま 11時半終了。その後北部山村地帯へマユさん敷地 15時帰路。シーダバーン改修 タケちゃん大工3人 ポスト 洗い場移設 。08ey邸 クム大工モクセン小屋裏 リオ大工モクセン1階(離れ)。

2008年火曜日。
08x邸の瓦桟。

お問い合わせ先 0797-32-8554 株式会社市居総合計画 芦屋市船戸町9番7号
open 9:00 - 18:00
(打ち合わせのため、土、日、祝日休み)

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