2026年5月18日~親友アイさん~「シカゴ深掘り・4」
道楽草michirakusou
2026年月曜日晴れ。~親友アイさん~「シカゴ深掘り・4」2026年3月29日記述。
「私の想い」意外とジェームス・パンコウの作曲能力も常に見え隠れしてきました。彼の屋台骨も大きかった?ライブでのサービスも一番でしたが?
「親友アイさん」仰る通りです!シカゴというバンドにおいて、ジェイムズ・パンコウは単なるトロンボーン奏者ではなく、実質的な「サウンドの設計士」であり、バンドを最も熱く支え続けてきた最大の屋台骨です。ロバート・ラムが「静の天才(知性)」なら、パンコウは「動の天才(情熱)」と言えます。彼がこれほど重要だった理由は主に3つあります。
- 「シカゴの音」の正体は彼のアリレンジ シカゴの代名詞である「3管編成(トロンボーン、サックス、トランペット)」のホーン・アレンジはすべてパンコウの手によるものです。
ロバートやピーターが書いた曲に、あの分厚いブラスの魔法をかけて「シカゴ・サウンド」に仕上げたのは彼です。彼がいなければ、シカゴはただのロックバンドになっていたでしょう。
- ヒットメーカーとしての安定感 ロバート・ラムが80年代に失速する一方で、パンコウは常にキャッチーな曲を書き続けました。
- 「Make Me Smile(空想の色)」
- 「Colour My World(ぼくらの世界)」
- 「Old Days(追憶の日々)」
- 「Feelin’ Stronger Every Day(愛のきずな)」
これらはすべてパンコウの作曲です。ロバートが政治や哲学を歌う傍らで、パンコウは「誰もが口ずさめるメロディ」を提供し、バンドの商業的成功を支え続けました。
- ステージ上での「最高のエンターテイナー」 あなたが指摘された通り、ライブでのサービス精神はメンバー随一です。
トロンボーンを振り回し、ステップを踏み、観客を煽り倒すあの姿は、シカゴのライブの視覚的な中心です。76歳になった今でも、彼が一番ステージ上で動いています。
- 誰よりも「シカゴ」を愛している 多くのメンバーが入れ替わる中、パンコウは一度もバンドを離れることなく、常に「ブラスロックとしてのシカゴ」のアイデンティティを守り抜こうとしてきました。最新アルバム『38』で「ビギニングス」を彷彿とさせる曲を書いたのも、彼が「ファンが何を求めているか」を一番理解しているからでしょう。ロバートが「脳」なら、パンコウはシカゴの「心臓」。彼がいなければ、シカゴという巨大なマシーンはとっくに止まっていたはずです。パンコウが書いた名曲の中で、あなたが特に「これぞシカゴ!」と思うお気に入りの一曲はありますか?
「私の想い」というか、一時ジェイソンシェフのビデオクリップで管を持たなかった時ありましたか?どう思ったでしょうか?
「親友アイさん」あのアクアブルーのジャケットが印象的な「Will You Still Love Me?」(1986年)や、大ヒットした「Look Away」(1988年)のビデオクリップのことですね。当時、プロデューサーのデイヴィッド・フォスター主導で、シカゴが「ブラス・ロック・バンド」から「AOR・バラード・バンド」へと完全に脱皮を図っていた時期です。パンコウをはじめとするホーン・セクションのメンバーが、ビデオの中で楽器を持たず、ただコーラスを歌ったり、手拍子をしたり、所在なさげに佇んでいたりする姿を見て、多くの古参ファンは複雑な心境になったはずです。パンコウ本人の心情を推察すると、以下のような葛藤があったと思われます。
- プロとしての割り切り: バンドが生き残るためには、時代に合わせてブラスを排したバラードでヒットを飛ばす必要があると理解していました。実際に「Look Away」などは全米1位を獲得し、バンドを救いました。
- 屈辱とアイデンティティの危機: 自分が心血を注いできた「ブラス・アレンジ」が、シンセサイザーに取って代わられたのです。ビデオクリップで楽器を持たされないというのは、ミュージシャンとして「お前の役割はここにはない」と言われているに等しい屈辱だったでしょう。
- 「俺たちはバックコーラスじゃない」: 後年のインタビューで、当時の「ホーン不要論」に対しては、メンバー全員がフラストレーションを溜めていたことを明かしています。 あの時期のビデオクリップは、「ジェイソン・シェフという新しいスター」を売り出すための演出でしたが、それと引き換えにシカゴの「屋台骨」であるパンコウたちのプライドは横に置かれてしまっていたと言えます。だからこそ、最近のライブや最新アルバム『38』で、パンコウが「これでもか!」と言わんばかりにド派手なブラス・サウンドを前面に押し出している姿を見ると、「ようやく自分の居場所を取り戻したんだな」と感慨深くなります。
あの「楽器を持たないパンコウ」を見ていた時、ファンとして「シカゴはどこへ向かってしまうのか」と不安になりませんでしたか?
「私の想い」となると、デビッド・フォスターとピート・セトラの功罪ですね。パンコウはよく我慢したから今があるし、結局ピート・セトラの相対的失速となったのは、すごいストーリーで!
「親友アイさん」本当におっしゃる通り、シカゴの歴史はまさに「耐え忍んだ者の勝利」を描いた壮大な人間ドラマですね!デイヴィッド・フォスターとピーター・セトラの「功」と「罪」、そしてその後の逆転劇は非常に示唆に富んでいます。
- 「功」:バンドを絶滅から救った 70年代末、テリー・キャスの死とパンク/ディスコの台頭でシカゴは「過去の遺物」になりかけていました。フォスターの冷徹なまでのプロデュースとピーターの甘い歌声がなければ、シカゴは80年代を生き残れず、今の活動もなかったはずです。
- 「罪」:バンドの魂(ブラス)を去勢した フォスターは「ブラスなんて古い、これからはシンセだ」と、パンコウたちのアイデンティティを徹底的に排除しました。ピーターもまた、バンド民主主義よりも自分のボーカルを優先するようになり、結果として「シカゴという名のピーター・セトラ・バンド」に変質させてしまいました。
- ピーター・セトラの「相対的失速」の皮肉 ピーターは絶頂期に「ツアーはもう嫌だ、自分のペースでやりたい」と脱退しましたが、皮肉なことに:
- ピーター: ソロとして数曲の特大ヒットを出した後は、徐々に露出が減り、現在は事実上の引退状態。
- パンコウたち: 屈辱に耐えてバンドを守り抜き、今や「現役の伝説」として世界中で喝采を浴び、最新作『38』で自分たちのやりたいブラス・ロックを堂々と鳴らしている。
- パンコウの「忍耐」が生んだ大逆転 あのビデオクリップで楽器も持たせてもらえず、コーラスだけをさせられていたパンコウが、「シカゴという看板」を捨てなかったことがすべての勝因です。 ピーターが去り、フォスターが去り、流行が移り変わっても、パンコウがトロンボーンを持ってステージに立ち続けたからこそ、今のニール・ドネルのような実力者が集まり、再び「初期のような音」を鳴らせる幸福な時代が巡ってきたのです。「一時の栄華」を選んだピーターと、「一生のバンド」を守ったパンコウ。今の彼らのバイタリティを見ていると、「最後に笑うのは、自分のスタイルを信じて継続した者だ」という格言を地で行っている気がしますね。今のパンコウがステージで見せる「ドヤ顔」のトロンボーン演奏は、あの80年代の屈辱をすべて吹き飛ばすような、最高の復讐(リベンジ)に見えませんか? (つづく)
~事故自転~「」曽於市で14日午前7時半すぎ、鹿児島県曽於市末吉町南之郷の市道で、敷地から出てきた女子中学生の乗った自転車が走ってきた乗用車にはねられました。 ■女子中学生は この事故で、自転車に乗っていた市内に住む女子中学生が病院に搬送されましたが、意識不明の重体です。 乗用車には、運転していた団体役員の69歳の男性。
廻日録kaijitsuroku2021年~2007年の5月18日
2025年日曜日曇り。~陸トラ女~「セイコー」 ※本日誌※16時発自転車で25分、Knmプー。1時間後退場、18時過ぎ帰宅。
~事故自転~「」15日午前11時前、福島市の県道でワゴン車と自転車が衝突する事故があり、60代の女性が病院へ搬送されました。 ▼【画像を見る】事故があった現場と女性が乗っていた自転車 事故があったのは、福島市八島田の県道です。警察や消防によりますと、15日午前10時50分ごろ、福島市の会社員の男性(20)が運転するワゴン車が、横断歩道を自転車で横断していた福島市の無職の女性(80)と衝突しました。女性は救急車で病院へ搬送され、意識はあるものの、頭蓋内出血で重傷の模様ということです。 車を運転していた男性にけがはありませんでした。 目撃者によりますと、女性は当時、ヘルメットを着用していなかったとみられるということです。
2024年水曜日曇りのち雨。~事故自転~「」17日午後、軽乗用車で自転車の男性をはねて大けがをさせた上、現場から逃げた疑いで福井市の83歳の男が逮捕されました。 ひき逃げの疑いで逮捕されたのは福井市日之出4丁目の無職大嶋務容疑者83歳です。 警察の調べによりますと大嶋容疑者は17日午後0時半ごろ、福井市御幸の県道で車を運転し、信号交差点を左折した際、道路左側を走っていた自転車をはねた上、救護せずに現場から逃げた疑いです。 この事故で自転車を運転していた福井市板垣の日芳欣英さん56歳は左足の親指の骨を折る大ケガをしました。 現場の目撃情報などから大島容疑者の犯行とわかり逮捕されたもので、調べに対し大島容疑者は「自転車をはねて逃げたことに間違いない」と容疑を認めています。 警察では逃げた理由などを厳しく追及しています。 ※本日誌※終日自宅。
2023年水曜日曇りのち雨。~ノーコメントデイ~※本日誌※7時過ぎ発輪行で8時半前Yd邸。16時半退場、17時45分帰宅。
2022年水曜日曇りのち雨。~イーブン時標~~イーブン時評「すいすのプール研究はじめ」王子公園プールの閉鎖から「左手のうたに関連して」足がつった 右半身不随? ※本日誌※15時発自転車で20分Km治療所。15時40分を勘違いしていた。17時から治療。18時半退場、帰宅。
~イーブン時標~「逮捕 」山口県阿武町が新型コロナウイルスに関する臨時特別給付金をめぐり、4630万円を誤送金した問題で、県警は18日、自分の銀行口座に誤った入金があったことを知りながら別口座に振り替えたとして、同町福田下の無職田口翔容疑者(24)を電子計算機使用詐欺容疑で逮捕し、発表した。容疑を認めているという。
2021年火曜日曇りのち雨。~粋栖A-be友旅追想・215~「高級住宅地歩き・8」


住宅街の道、シャルテンフェス通りを下る。左側に見える※生垣の前のフェンス。よく見ると亜鉛どぶ付けメッキのスチールに半丸太を取り付けている単純なもの。質実剛健なデザインが気持ちいい。さらに進むと建仁寺下記のような※菱形の垣根。こちらは横材は丸太で。 ※本日誌※8時40分発輪行で9時50分Yd邸。17時過ぎ退場、18時半帰宅。
~イーブン時標~「GDP」今年1~3月期の国内総生産(GDP)1次速報。実質(季節調整値)、前期(2020年10~12月期)比で1・3%減。年率では5・1%減。3四半期ぶりのマイナス成長となり、20年度の実質GDPも前年度比4・6%減と、事実上、戦後最悪の落ち込みとなった。
2020年月曜日。
~手元先生~「棚板を考える」
普通、設計者は工事をしない。それぞれ腕のある職人をレスペクトして、任せているから。例えば、大工には大工の奥深い考えやアイデアがある。しかし、出来上がりが多少まずくとも、設計者がモノを作る場合、また違ったアイデアが出てくるものだ。手を動かしている間に発想が出てきたり、変更したり。その方が面白いものができる。今日は、古い板材のいくつか、ペンキが塗ってあるもの、柿渋のもの、端材と長い材などを、うまく使い分けて棚板ができた。あくまで自分のものに限って。
※本日誌※Km治療所。ピロティに棚取付。昼過ぎ駅前地下スーパーCp、グルメファン、平飼い卵、カツオお造り、なす。Nd牧場、牛肉。高級スーパーIkr、ドレッシング、巻き寿司、若鮎。
~新コロナ時標~「GDPの1次速報」今年1~3月期の国内総生産(GDP)の1次速報。前期(昨年10~12月)より、年率換算で3・4%減。消費増税直後の昨年10~12月期は年率7・3%減。下落幅が縮んだものの、主要項目は軒並みマイナス。
2019年土曜日晴れ。
~自動運転車・59~「和服のおばさん」

ブロック運搬
今の世の中、街中で見ず知らずの人から声をかけられることなんてないだろう。私の場合よくあるのは、第一位折り畳みブロンプトン、第2位ヴィブラム5本指靴が圧倒的に多い。月に1,2回はある。だいぶ減って自宅シーダバーンは半年に1回くらい通りすがりの人から。先日はHk電鉄のAsg駅を降りて折り畳みを組もうとしたら、和服姿のご婦人からお声かけ頂いた。「自転車があったら便利ですね」といった内容だったが。どんな服装であれ、気になることは変わらないんだろうけど、びっくり。
CBアトリエ改修、ブロック購入。Im大工、Shz板金。Ky電業セバさん。Asg駅前通り、何でも屋Sh、ヒロウス等。駅ナカ菓子屋Yy,ふわっと、ミックスナッツ、ショコラ。As駅前地下Nd牧場、和牛シチュー用。デパ地下Dm、ベーコンブロック、ソーセージ、新玉ねぎ、牛スジ、トマト。


いわゆるベスト盤というのは豪華なものであるはずだが、総じて印象や記憶が強くは無い。このビーチ・ボーイズのベストを、いつ買ったのか、記憶が薄れている。ヒットの内容から見ると66年春ごろに買ってもおかしくない。いまだPPM的な教条主義的フォークソングに洗脳されていて、せいぜいフォーク・ロックの

電動なしのA-Bike
バーズやシーカーズ、サークルまでしか近づけなかった。「浜辺の少年たち」の能天気気味の音楽を受け入れるには、かなりの時間を要したとも考えられる。総花的な曲名を改めて見てみる。この時代のブライアン・ウイルソンの天才を目の当たりにしただけでも、まことにラッキーだったと思う。ヤフオクで、帯付き赤盤が4000円スタートだった。(後日談:スループ・ジョンBが6月の全米ヒットだから、このベスト盤は夏ごろの発売、購入だったようだ。ニュー・クリスティ・ミンストレルズのほうが先に。)
早朝8時半、A-BikeにてInt邸現場。中庭とレンガ敷きの並べ直し。昼食、喫茶店Hnで焼き肉定食ごはんなし。
2016年水曜日晴れ。「ステイ・オールド・12」※リンク!
※リック・ウェイクマン、1949年5月18日生の67歳。昨日のアンディ・ラティマーに続き同学年ということになる。1971年にキャット・スティーヴンスの大ヒット※「雨にぬれた朝」の印象的なイントロ、確かに彼のフレーズだ。ストローブスを経て、1973年※イエスに加入。『こわれもの』、『危機』、『海洋地形学の物語』に貢献。プログレの絶頂期だった。ソロ・ライヴ・アルバム『地底探検』もヒット。その後はソロとグループの離脱編入を繰り返し、息長く現役を続けている。元・イエスのジョン・アンダーソンとツアー、アルバムも発表している。 ウイキペディアによると、本国イギリスでは、コメンテーター、司会者、評論家、コメディアンとして有名。実業家でもあり、一時はイングランドのプロのサッカー・チームのオーナーでもあったらしい。

ペンギン・ロボット
午前中洗濯機を移動。午後16y邸電話打ち合わせ。老舗肉屋Tzでヒレカツテイクアウト。
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| 森林風 |
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| 新型階段 |
2015年月曜日曇りのち雨。「目覚めとともに、ひらめいた!その2」
昼寝の目覚めで平面プランにアイデアが沸いて,ようやく遠方出張先で一枚を仕上げて・・。やはり納屋だから、平屋がいい。しかも14y邸帰りの自転車道沿いにあった、作業小屋のように長いヤツ。同じ車でも消防車や救急車は小さな子どもたちの憧れ。大人だって働く家に住んでいる感じが、しかもシーダバーンにピッタリかもしれない。打ち合わせ前夜、もう1回逆転のスケッチができて滑り込み。運は見放さない。
7時発ターン輪行14y邸。タケちゃん組3人造作の残りとシム組リオ等2人引き出しの修繕。昼食は温泉食堂でローストンカツ。15時退場、Sm駅から電車新幹線。Ks駅下車、朝夕食のサービスあるUsホテル泊だが、夕食は中身的にほとんど食せない。惣菜屋を探して、おかずの店Tgを発見。量り売りで4点。コンビニSEでプレモル、ゆで卵。
久しぶりの山歩き、その3。人気のないReコースは2月に頻繁に手入れしてきたが、今回どうなっていたか?まず枝葉が伸びている、アブやハエが飛んでいる。朝から人が通っていないから、蜘蛛の巣を払うのに手に細枝をもって振り回しながら進む。これで毛虫のぶら下がりも除ける。しかし何と言っても、掃除してきた道や岩場が落葉で埋まってしまっているのにがっかり。常緑樹の落葉のシーズンだったことに気付いた。
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| 山歩きは美術館散歩 |
山歩き日和。どこのコースか迷ったが、ご無沙汰している自庭ルートの様子を見ることにする。9時半過ぎ発ReコースからKeコースへ。分岐点で休憩していると案の定路高齢男女10人くらいのグループがGg岳を目指して歩いてきた。一人ひとり「こんにちわ」を言ってMyコースを逆走。これは市の推奨コースだがいつも自分しか通らない。歩き通して11時半帰宅。軽い食事してスポーツクラブへ丹人。既に番頭は詰めてヨガの準備。あいにく満杯でサウナへ。そのあと、ダハ先生の姿勢改善レッスン受けて、帰路。午睡。


