2020年11月25日~KKT~「ノー・コメント・デイ」

道楽草michirakusou

2020年11月25日水曜日。~KKT~「ノー・コメント・デイ」

~イーブン時標~「政権移行」

トランプ大統領は大統領選の結果をめぐる法廷闘争を継続しつつ、政権移行への協力を容認する考えを示した。連邦政府資産を管理する一般調達局(GSA)のエミリー・マーフィー長官は23日、バイデン氏に書簡を送付。大統領選の勝者の判断についての明言は避けつつ、連邦政府として政権移行に必要な資金や協力を提供する方針を伝えた。

廻日録kaijitsuroku2019年~2007年の11月25日

2019年月曜日曇り。~音楽簿記・9~「私のクリスマス・アルバム・4」& ~Es lebe Popstern ポップスターよ末永く・5~「エイミー・グラント」※リンクあり

クリスマス・アルバムへの想いとポップスターの生誕日に想うことを綴る5回目。クリスマス・アルバムのことを調べている途中、歌手のエイミー・グラントに引っかかった。1960年11月25日生~。アート・ガーファンクルとジミー・ウェッブの1986年のクリスマス・アルバム「アニマル・クリスマス」で共演した。全体に宗教的雰囲気でとっつきにくく、ヒットもしなかった。ただ、中の2曲、Words From An Old Spanish CarolからCarol Of The Birdsに続くメロディが覚えやすく、ライブの※動画もあって印象深い(口パクにもかかわらず)。若くして、既に全米トップ・クラスのクリスチャン・ポップシンガーとして活躍していたエイミー。同年に元シカゴのP・セテラとデュエットしたThe Next Time I Fallが全米1位。その後も全米ホットチャート№1ヒットを出している。1990年頃のジミー・ウェッブの佳曲「この壁が話したら」で、ナンシ・グリフィスと競作リリース。夫君はブライアン・ウィルソンの「サーフズ・アップ」「太陽の暖かさ」を好演したビンス・ギル・・、気になる存在感のエリート歌手である。

朝九時からガス管工事、10時Ws設備洗面等配管変更工事、18時まで。夕方駅前スーパーCp、むらさき醤油、Nbつゆ、千鳥酢、猫まんま。Nd牧場赤身ステーキ。

 

2018年日曜日晴れ。~粋栖A-be友旅追想・107~「2日目帰路・1」

トライアスロンもやっていたツーリッヒ湖水浴場と隣接しているフェリー発着場を後に、でもすぐ立派な市街地に辿りついた。低層のビル街がぎっしりつまった、都市計画の街並み。ちゃんとトラムやバスが通っているし、鉄道駅も近い。バス乗り場の床面をよく見ると、少しのスロープで高くなっている。もちろん低床バスが走っているのだろうが、これで車いすなども独力で乗降できるなと思った。自転車乗りもいるし楽しい街だね。

休養日。昼、国道スーパーGc、Yyエール、ペットボトルコーヒー、糖質ゼロ麺、うどん麺、しめじ。割引のムーミン皿。ドラッグスーパーWc、猫砂。As駅前地下Nd牧場、牛カレー用。

 

2017年土曜日曇り。~マイチャート50~「ストローベリー・アラーム・クロック」※リンクあり

※「HITTTABLE」は「高鳴る心」2週目トップ。全米チャートではto sir with loveがとうとう陥落して、サイケ・ポップの新人ストローベリー・アラーム・クロックの「インセンス&ペパーミンツ」が王座に。こういうソフトなガレージ、サイケ、ポップなグループが一般受けするようになって、確かに時代は変わった。※billboardchartsで。バックテーブルは※//backtable1964.blogspot.jp/まで。LPトップはシュプリームス「グレーテスト・ヒッツ」が5週目。こちらはbillboard200で。

「田舎暮らし」新聞研究。昼過ぎ食材マーケットPy、白ネギ、ささみ、するめいか、川津エビ、あんこう、ホタテ造り用、カキチューブ、バター、ミックスナッツ。酒屋スーパーyy、ヘーフェヴァイス。

 

2016年金曜日曇りのち晴れ。「役者じゃのう!」
判官びいきというのがある。判官は源義経をさすが、現代はさしずめ関取Kst だろうか。多くの人々から大関から横綱へ期待されるが、先行したMg横綱3人に包囲された。 この3人・・力がなければのことだが、互助会を組んだからタイミングよく昇進できた。しかも後追いの昇進を断固受け付けないよう、裏の連携を続けてきた。しかしいつまでも隠し通せることが出来なかった。それがこの度の3連撃破、胸のすくような3タテだったのではないか。
 
 
 
 
2015年水曜日晴れ曇りのち雨。「バックページ~命日の記憶・58」※リンクあり
西本幸雄、2011年11月25日、1920年生の91歳。死因は心不全。1960年の大毎監督で優勝したにもかかわらず日本シリーズで負け辞任。当時11歳の少年の頭にも鮮明な記憶が残っている。現役ではパッとしなかったが、20年間の監督時代、大毎、阪急、近鉄と8度のリーグ優勝。日本シリーズではすべて負け、「悲運の名将」と言われた。西本は「悲運なら戦争で死んでいるし、素晴らしい選手に巡り合えて8度も日本シリーズを闘えない。幸運な凡将ですね(笑)」と語っている。勇退表明後、弱小2球団を常勝軍団へと導いた近鉄対阪急最終戦では両チームの選手から胴上げされた。温厚かつ厳格・・大人物だった。
 
 

 

2014年火曜日晴れ。「モールトン・30年目の出会い・3」

kikutake(師のKt先生)とmoultonの共通項の本質は何か?まず考えられるのはデザインでの構造表現。同級生だったと言うHd教授によるとkikutakeは「鳥居のような柱は、座屈を貫で抑えるという・・やっているうちに日本的になってしまうのが彼らしい。大抵の人は日本的なプロポーションを学ぼうとするが、力の流れまでは考えない。」という。建築も自転車も力の流れを考えなければ成り立たないのは当たり前だが。

納屋組、玄関土間家具移動。夕刻、スポーツクラブ、ヨガ。
 
2013年月曜日雨。 続きを読む >>

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