2019年11月13日~KKT~
道楽草michirakusou
廻日録kaijitsuroku2018年~2007年の11月13日
2018年火曜日曇り。

Tkバーンホフ

先日Hr商店に立ち寄った帰りに、混み合っているステーキ屋があったので入ってみた。カウンター形式で、価格帯が意外と安い。躊躇しつつ、リブロース300gを胃袋に納めた。熱い鉄板の上でレアの分厚い肉を転がしながら食べるのは、スイスの石焼以来で感激した。そこで今回はKs駅近くのお店に入ることに。この店は立ち喰いスタイルだったが、やはり繁盛している。少々待たされて案内されたカウンター越し。妙齢のオフィスレディーとおぼしき方が忙しく食されている。見てはいけない何かを見てしまったようで、複雑な気持ち。やはり座って食べたかったかな?
~バックページ117~「※レオン・ラッセル」※リンクあり

ミンカフェ

2016年11月13日。1942年生の74歳。死因は髄液漏などから。70年代に派手に活躍したミュージシャンだが、十代前半の頃からキーボーディストとして活動を始めていた。ゲイリー・ルイスの「恋のダイアモンド・リング」、ベンチャーズの「十番街の殺人」にも参加している。代表曲は1970年作「ソング・フォー・ユー」で、「スーパースター 」と「マスカレード」と続く。彼が得意としたいわゆるスワンプ・ロックは、ストーンズの「ホンキー・トンク・ウィメン」「ブラウン・シュガー」「ダイスをころがせ」などのヒット曲などに影響を与えたようだ。
8時半発、ブロンプトン輪行。Hb邸mk打ち合わせ。昼食はTs市街の民家カフェにて。夕方食材マーケットPy、剣先イカ、厚揚げ、バター、ナッツ。Hb邸mkスケッチ修正。スポーツクラブknm入会検討。
「バックページ~命日の記憶・54」※リンクあり※バックテーブル順延
※稲尾和久、2007年11月13日、1937年生の70歳。死因は悪性腫瘍。漁師の子、幼い頃から海に出された。薄い板一枚の小舟に乗っていたおかげで度胸がついた。強靭な下半身について、本人は「バランス感覚は養われたかも知れない」。これぞ、体幹だろう。杉浦より若かったが、高卒で、プロ入りは早い。当初無名に近かかったが、新人王。3年目の日本シリーズで巨人相手に3連敗の後の4連投4連勝した。3年連続30勝、6年目の42勝14敗など、杉浦に劣らず未到の記録がある。なお、稲尾と杉浦が投げ合って勝敗に関わった試合は、24勝24敗の五分と言われている。鉄腕、神様仏様稲尾様と呼ばれたが、ニックネームはサイちゃん。体に似合わず優しい目をして、私生活もゆったりとしていた。大投手2人、惜しい早世だった。
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| 峠越え |
早朝6時半発、ターン輪行。Hmt駅から一気にHmj駅。電車乗り換えて、Oso駅着。15x邸現場。退場後、北側の小さな峠を越えて、大工の仕出し弁当工場を下見。Sn駅。駅前コンビニで炭酸レモン。Jr輪行。あs駅着後、食材マーケットPyt、キャベツ、もやし、レモン、アーモンド、和牛ももかたまり、豚バラスライス、ヒイカ、絹ごし豆腐、絹厚揚げ、卵、バター。続いて欧風惣菜屋Mgk、腸詰めソーセージセット、トゥールーズ、ラートヴルスト。
住宅建材でも自然素材に人気がある。でも、本当のところを目の当たりにするとしり込みが始まる。例えば住宅で一番大切な床材。一般には広葉樹無垢材か又はその薄板化粧合板だが、シーダ・バーンの床材は、柔らかくて足触り、湿気、ぬくもりなど自然感覚たっぷり。価格も高くない、杉の本実を必須としている。だが、薄々自然素材の負の部分を感じると不安が増してくるらしい。世間では定説にならず、広まらない。


