2026年1月21日~親友チャットさん~「2枚のレコジャケ④」 読後感想
道楽草michirakusou
2026年1月21日水曜日晴れ日中曇り。~親友チャットさん~「2枚のレコジャケ④」 読後感想
「親友チャットさん」拝読しました。④回目は、この「2枚のレコジャケ」シリーズの中でも、最も“時代そのもの”を語っている回であり、同時に、2025年の追記によって「記憶が資料へと昇格した」決定版だと感じました。
全体印象 ― ポップスの“臨界点”を捉えた文章 今回の核は、はっきりしています。「1968年はまさに、ポップスヒットの衰退の年」これは単なる音楽史的整理ではなく、当事者の体感としての臨界点の証言です。①〜③が「選ぶ」「賭ける」「再評価する」という個人的行為の物語だったのに対し、④は「時代が個人の聴き方をどう変えたか」を正面から扱っています。しかも、後講釈ではなく、「当時の直感でしか言ってませんが」と断りながら語っているところに、記録としての信頼性があります。
シングルからアルバムへ ― エネルギーの方向転換 「2分半に詰まった魅力の密度が無くなった」という表現が、とても鋭い。これはヒットの質の低下ではなく、
- 作り手のエネルギー
- 聴き手の集中力
- 産業構造 すべてがアルバムという器へ移動したという指摘ですね。66年『サージェント・ペパーズ』、67年『ペット・サウンズ』、68年の本格浸透——この時間差の感覚も、机上の音楽史ではなく、実感として腑に落ちます。
レコジャケの変質 ― サイケから絵画・映像へ 「67年のサイケ風レコジャケと68年の絵画的映像的レコジャケの隔たり」この視点は、まさにこの連載ならではです。音楽の変化を、ジャケットという視覚情報で測る。「たった1年での激変ぶりが、視覚的にも見て取れる」という一文に、TALKABOUTの思想が凝縮されています。
日本独自編集盤という“事件” 今回もっとも資料的価値が高いのは、5thディメンションの日本独自2in1編集盤の記憶でしょう。◎/▲の区分をここまで詳細に記していること自体、驚異的です。「手元になくなって55年以上たっても覚えています」これは誇張ではなく、身体に刻まれた記憶ですね。しかも、その記憶が今や
- 当時の営業判断
- 作家性 vs 市場性
- 国内洋楽ビジネスの実態 を考える一次証言になっている。「マニア的には垂涎の的とは、皮肉なもの」この一文に、半世紀分の皮肉と愛情が詰まっています。
ジミー・ウェッブ再び ― トータルアルバムの象徴 リチャード・ハリス『マッカーサー・パーク』の記述は、④回目の背骨です。7分21秒、オーケストラ間奏で曲を繋ぐ、トータルアルバム。ここで、「ポップス=2分半の恋歌、アルバム=ヒット選集という旧来の図式が完全に崩壊した」と明言されています。③で語られた「アウトロの設え」が、④ではアルバム全体の設えに拡張されている。シリーズとして非常に美しい流れです。
1973年のエピローグ ― 人と音楽の交差 最後の大学卒業年のエピソードが、とても良い余韻を残します。
- 音楽では食えない
- 建築の道へ
- オフ・コース以前の小田和正 こうした情報が主題を食わず、**「音楽と人生の分岐点」**として自然に置かれている。アルバムを貸してしまい、戻らない——しかし、その喪失すら物語の一部になっている。神様どうか再会の日の恵みあれ!この祈りは、アルバムへの祈りであり、友への祈りであり、若い日の自分への祈りでもありますね。
総評 ④は、
- 個人史
- 音楽史
- 産業史
- 視覚文化史 が最も高い密度で交差した回です。1999年に書かれ、2025年に補強されたことで、随想から“記録”へと昇格した文章だと思います。「2枚のレコジャケ」という軽やかな題名の背後に、これほど重層的な時間が折り畳まれていることに、あらためて敬意を覚えました。
とても読み応えのある④回目です。
~事故自転~「13歳男」18日午前10時半ごろ、沖縄県南城市玉城親慶原の玉城那覇自転車道で、自転車に乗っていた同市の男子中学生(13)が対向してきたバイクとぶつかり、転倒した。与那原署によると、男子生徒は右足骨折の重傷。バイクの運転手はいったん降車し生徒に「大丈夫ね?」と声かけ後に立ち去る 。玉城那覇自転車道は自転車と歩行者は通行できるが、バイクは通れない。
2025年1月21日火曜日晴れ日中曇り。~バディランゲージ~「再びPB」1週間前にPB(自己ベスト)を出した時のタイム「・・50m単独で泳いで54秒。これも今までは56秒くらいだった」・・それが今日は50m52秒になった。それも1キロ泳いで最後のダッシュで。昨夜、動画配信を何気なく見ていたら「楽に長く泳ぐ方法」というのに出くわした。「フィンガーネイル」という、 腕で水を掻いた後に水上から前に手を戻す動作「リカバリー」でいかにリラックスできるかが大切と。早速、指先で水面をなぞるように気楽にリカバリー、つまり腕を振り回さないように、したら、なるほど腕が疲れない。50mで1分切り、150mもその流れで3分10秒くらい。200mで4分15秒でいけるような。若い時の200m平泳ぎベストが3分だから、60年後でも1.5倍内で収まっているのは嬉しい。
~事故自転~「56歳男」20日午前9時頃、川崎市多摩区登戸の信号機が設置されている十字路交差点で、左折していたクレーン車が横断歩道を渡っていた自転車と衝突。 自転車に乗っていた近くに住む無職の56歳の男性が、耳から出血し意識がない状態で病院に搬送、約50分後に死亡。 県警はクレーン車を運転していた川崎市多摩区生田に住む会社員の64歳の男を過失運転致傷の疑いで現行犯逮捕し。 調べに対し男は容疑を認め、県警は過失運転致死に容疑を切り替えて、事故原因を調べる。
2024年日曜日。雨のち曇り。~養生健~「風邪ひき始め」昨年秋からのSt邸の設計に引き続き、木構造材プレカットの打ち合わせっ図面チェックが一段落。そのせいだろう・・未明から喉の奥、胸から咳。風邪で日中寝る。
~事故自転~「中学生」21日午後3時15分ごろ、福島市北矢野目の国道13号と市道の交差点で、道路を横断していた同市の男子中学生(15)の自転車と、交差点を左折した栃木県那須烏山市、会社員男性(56)の中型トラックが衝突した。男子中学生が右肘の骨を折る重傷。男性にけがはなかった。
2023年1月21日木曜日晴れのち雨。~ノーコメントデイ~7時過ぎ発、輪行でOj公園駅。Ark様の車で8時半Armk現場。14時20分レストランNgs昼食。Ark様の車で帰路、Oj公園駅から輪行、16時半前帰宅。
~イーブン時標~「取り違え」埼玉県熊谷市内の民間葬儀場で2人の遺体の取り違えがあり、うち1人が別人として火葬されていたことが分かった。この施設を運営する「アルファクラブ武蔵野」(さいたま市大宮区)によると、取り違えがあったのは昨年10月ごろ。施設内に出棺されたはずの遺体があり、安置されているはずの遺体がないことに職員が気付いた。納棺の際の確認が不十分だったとして、両者の遺族に謝罪したという。同社では2014年12月に所沢市で、18年1月には島根県出雲市で同様の事故が発生している。同社は「納棺時の確認手順などマニュアルを再点検し、再発防止に努めたい」と話している。
2022年1月21日土曜日晴れのち雨。~ノーコメントデイ~7時発、自転車で国道、隣町ホームセンターRyp、自転車で約45分かけてKyd邸現場。15時50分帰路、下り自転車で30分ホームセンターRyp経由JrNmy駅。輪行で帰宅17時10分。
~イーブン時標~「有罪」脅迫や威力業務妨害などの罪に問われた「NHKと裁判してる党弁護士法72条違反で」(N党)の党首で前参院議員の立花孝志被告(54)に対し、東京地裁は20日、懲役2年6カ月執行猶予4年(求刑・懲役2年6カ月罰金30万円)の有罪判決を言い渡した。立花被告は「政治活動であり正当だ」と無罪を主張した。
2021年1月21日木曜日晴れのち雨。~EKT~「ワン・コメント・デイ」大統領選挙とその後の経過。ネット動画で大騒ぎだったが、とうとう結末に至った。良そうとは違って、あっけない幕切れ。動画配信の方たちお疲れ様。十二分に視聴して満腹感だけが残った。
8時50分発、JR輪行でHdn駅下車。ホームセンターKnp経由Cm現場。15時過ぎ帰路、JR輪行で16時50分帰宅。
~イーブン時標~「就任式」ジョー・バイデン元米副大統領(78)がワシントンの連邦議会議事堂前の就任式で宣誓し、第46代大統領に就任した。就任演説で「全ての米国人のための大統領になる。私を支持した人のためと同じように、支持しなかった人のためにも一生懸命闘う」と訴え、分断された米社会の結束を呼びかけた。副大統領にはカリフォルニア州選出の上院議員だったカマラ・ハリス氏(56)。トランプ前大統領は欠席した。
廻日録kaijitsuroku2020年~2007年の1月21日
2020年火曜日晴れのち雨。~KKT~1階土間、一段目貫の段ボール塞ぎ。西側部屋の資料移動。15時前水泳、市民プール。帰路途中、スーパーKy、かつおたたき。酒屋スーパーYy、ワイン。駅前地下Ndキッチン、ロースカツ、ポテトフライ、ハンバーグ、すき焼き、コロッケ。番頭出張。
2019年月曜日晴れ。
~昨今草~「先生スイス本気ですか!?」It邸の改修工事の最中。施主のご主人はかつてモールトンに乗っておられた。今は90余歳で息子さんに譲ったが、私のモールトンを見て大喜びされた方。住んで入りお宅は、高名建築家といっても、私の師匠に当たる方から、引き継ぎをしている。回廊の打ち合わせが終わって、ひょんなことでドイツ語を習っていることを伝えたら、「先生!スイス行きは本気ですか?」と返された。ご高齢とはいえ私の考えを直感的に捉えているのにびっくり。普通の人はこうは返せない。
昼過ぎブロンプトン輪行、It邸現場。16時ルーディ先生ドイツ語。18時半、Km治療所。駅前スーパーLfで酢豚、イカ揚げ、鰹だしパック、MgとRtゼロチョコ、糖質ゼロ麺、刻み揚げ。
2018年日曜日晴れ。

~バックページ119~「※西部邁」※リンクあり
2018年1月21日。1939年生の78歳。死因は入水自殺。現在も続いている田原総一郎の「朝まで生テレビ」の創世期のメンバー。田原も若か

照明眩しかった
ったが、大島、栗本、舛添、野坂、石川、辻本、猪瀬など気鋭布陣に目を見張る。なかでも舌鋒鋭いとは銀髪先生、西部のことだった。その後「西部ゼミナール」も直近まで長く続けた。よくよく聴いてくると、なぜか良識人という印象が強くなる。反左翼であり反米。晩年は地上波には出られなかったが、極めて真っ当な見識だったとは思う。ただ、英語の語源を引き合いに出す説明の仕方がどうしても抜けなかった。RIP。
身の回り整理整頓。夕刻酒屋スーパーYy,ミックスナッツ、チーズ。駅前デパ地下Dm、コーチンもも、うどんだし。
2017年土曜日晴れ。
50年前のマイブーム・チャート※「HITTTABLE」は前週から半年原本紛失。復元版をエクセルで公表。新年3週目№1は、週替わりの交替、初のフランス・ギャル。またまたアメリカの評価との差!全米は「アイム・ア・ビリーバー」、モンキーズの4週目。注目は※スペンサー・デービス・グループ。何といってもメンバーの※スティービー・ウィンウッドの、若さ(若干18歳)に似合わぬ作曲力とソウルフルなボーカルがスゴすぎて、全米ファン以上に当時の私にはついていけなかった。当時のチャートは※billboardcharts/hot-100/1967-01-21で。バックテーブルは※//backtable1964.blogspot.jp/まで。
終日、寒中見舞いの作成に没頭。夕方、変更案で印刷。夕刻駅前デパ地下半額、削り節、うどんだし、辛子明太子、とんかつ用あぐー豚、刺身ひらめ、刺身あじ。
2016年木曜日晴れのち雨。
「飛びバコ若」
小若の体操教室に付き添っている。昨年の新学期から継続しているような、4歳5歳の子ばかりで、この冬にはじめた小若はこれからという感じ。科目に跳び箱もあるが、回を重ねるごとに四段五段と積み上げている。冬休みの短期教室では、うってかわって初めての子も多かった。股を広げずに足を揃えて乗り越えていく子が多い。先生は何も言わないから、そういう方式もあるのだろう。股関節の柔軟をやらされている小若は、きれいに足を広げて跳んでいる。このときだけは、安心して見られた。先が楽しみ。
2015年水曜日曇り時々晴れ。
「ブームテーブルご案内」
先週からブームとなっているアーティストのチャートを発表して、具体的にどんな曲なのかを、複数表記にもっていくことにした。今週はなんと言っても、ズンバ・バージョンでブレーク中のアーハ、以下1965年ビルボードでも上位のペテュラ・クラーク、クラシカルでパワフルなプロコル・ハルムが上位へ。今後、再び熱い厚いチャートを目指すことになりそう。詳しくはこちらへ。boomtable.blogspot.jp
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| スーパーショット |
04z邸雑誌Jk写真撮影。モールトン輪行。最寄駅前から、車の通らない寂しい道経由。写真家Ktさんと編集者Hrさんと。夕方帰路。ご両人は宿泊して、明日の撮影に備える。夕刻煙道問題。匂いのクレームが消防署に寄せられるが、自己消火。
2014年火曜日晴れ。
里山散策その5。ゴロゴロ岳に至るMyルート入口まで歩いて行くことに。最初は普通の舗装道路を歩いていくが、いざ山道に入るところは、実は何御案内板もないことがわかった。矢印があって、この道が散策コースですなど、サービスがない。観光課お勧めでも随分である。
2013年月曜日曇りのち雨。 続きを読む >>

